水のようだ

 

不安定な椅子に座っている。


忘れたくない物事は反芻することで「なかったことにならないよう」にする。
私は忘れやすい。言葉にしないと、文字として記さないと、すぐにするする流れていく。
今年の日記は文字がたくさん書かれている。食べた物も、行った場所も、綿密に記されている。
私の日々の記録。記憶の記録。


曖昧に生きてるから記憶も曖昧、小さな頃は連絡帳にマイペースと書かれ続けた。
最近は生きてる感じがする。ずっと生きてるけど。
照りつける太陽の良さはあまりわかりたくないけれど、誰かにとってそれは恵みの雨のように、心を潤おす要素なのかもしれない。
私は水が好きだ。けれど、雨は少しだけ好きじゃない。


相変わらず言葉が不自由である。咳払い。